集中治療室の自動ドアが開くと、白石恵が抗菌ガウンを素早く着用しながら駆け寄ってきた。「胃内容物の吸引済み? 気道確保は?」「吸引器が詰まった瞬間にまた吐いた。気管支痙攣の可能性がある」
新生児用モニターのアラームが鳴り響く隣のブースで、緋山美帆子が若手医師を叱責する声が飛ぶ。「嘔吐物のpHチェックしてないの? 消化管穿孔と誤嚥性肺炎の鑑別がつかないまま抗菌薬投与するなんて!」
ナースステーションでは冴島はるかが検体ラベルを貼りながら眉をひそめていた。「3時間前の救急搬入患者、嘔吐物からキノコの破片を確認。但し、家族は『山菜料理は食べていない』と主張」
突然、外傷センターのカーテンが勢いよく開かれた。藤川一男が防護メガネに付着した胃液を拭きながら叫んだ「誰か5%重曹持ってきて! 農薬混入疑いの嘔吐物が眼球に飛散した患者が──」
深夜の医局で、藍沢がCT画像を透かして見つめる。膵臓周囲の脂肪織濃度に微妙な陰影が。「単なる急性胃炎じゃない」とつぶやく声に、ドア越しに三井環奈がコーヒーカップを置きながら応じた「あの嘔吐、実は脳圧亢進の初期症状かもね」
救急車のサイレンが再び近づく中、嘔吐というありふれた症状に潜む256通りの鑑別疾患が、コードブルーチームの神経を研ぎ澄ませていた。